勉強の『なぜ』を最初に教える

成績至上主義の終わり

HEARTSで勉強する子どもたちにとって、ここはパソコン教室でもあり、習い事の1つであり、塾でもあります。
ただ、一般的な塾と違い、○○合格!とか、志望校合格!等、そういう塾ではありません。
それは、今の世の中的には、少数派かもしれません。
しかし、先日 アメリカ人の教育関係の方と話していて HEARTSの教育の方向性が間違ってないのだと改めて確認できました。

海外に生活していた人達が日本の教育がオカシイ というのは、非常に多く聞く話しです。
前時代的であり、テストに ポイントが置かれすぎてしまい、本来の 『学び』 というモノが成立していない。という事を言われます。

確かにテスト勉強・テスト対策…。 テストの為の勉強。
『学び』という事を、そんなチープなモノに当てはめないで貰いたいですが、今の日本の教育システムが慣例の名の元にそうなっています。

だって、管理職が 改革を嫌がるですから、仕方ありません。
もし、改革が失敗したら、分厚い始末書を書かされるんですから。

全ての悪の根源が入試やテストという訳ではありません。

子どもを支配する為の数

学習の結果・過程を マクロ的に 客観的・公正に評価するには、テストという手法を利用して数値化する事は、ある程度は必要です。
ある意味、仕方ないかもしれません。

公的機関を利用して、税金を利用して、社会システムの1つとしての教育事業という観点から見れば。

でも、だからこそ、そこからはじき出された数字を、ただの数字ではなく 大人は注意深く見なければなりません。
子どもの個性は、テストの数字で全て理解はできません。いえ、見えてない事の方が圧倒的に多いのです。

数字で子どもを判断するというのは、効率的でも、そればかりに囚われると非常に危険な行為です。
大よそ20%も読み取れないでしょう。残り80%は数字では表れないけれど、その子を形成している主要な部分です。

その数字では読み取れない『コア』となる部分って、誰が見るんでしょうか?
学校ですか? 担任の先生ですか? 塾の先生ですか?

まぎれもなく、親 の仕事です。

成績至上主義…。
それは、数によって評価され、それが偏差値を産み、数によって子供を支配した大人の1つの方法です。
結果的に、テストの点数が良い、いわゆる『できる子』も出てきましたが、作用があれば反作用があるようにイジメや、不登校と『できない子』も同時に生み出してしまいました。

今、少なくとも 欧米・欧州では、こうした教育システムはかなり改善されてきています。
モノ不足の時代と違い、今はモノ余りの時代。
必要なのは、1つの価値観による優越ではなく、多様性です。
だからこそ、子ども達の個性・主体性が非常に価値を生む様になっています。

1つの価値観に縛られる時代は終わり。
それが、成績至上主義の終わり という事になります。

なぜ、君は勉強するの? なぜ?

私と会話する機会がある子には、私はよく初期の段階で聞く事があります。

『君の夢は何だい?』

残念な事に、多くの子ども達は、『○○になりたい!』という、何らかの職業を言います。
逆に職業しか言ってくれません。

まだ『海賊王になる!』と言ってくれる方が私は夢があるなと思いますが…。

とはいえ、最初に出てきたこの ○○ という職業においても、
なぜ?その仕事をしたいの? なんで?なんで?
まるで、こちらが子供の様に、子供相手に、なんで?なんで?と聞きます。

それを踏まえたうえで、どうしたらその職業になれるのか。
その為に、どういう資格を取得する必要があるのか、その資格取得の為に、どこまでの学力がないといけないのか。
その為に、どれほどの時間を要するのか…。と解説します。

ただ、子供の夢を聞いて、『へ~凄いね!頑張ってね』というだけではさすがに、放任させすぎだとは思いませんか?
社会のルールが分からない人間に、頑張れ!って言うだけって。

なので私は、質問した以上、答えてくれた子供に対しては、その夢の実現には、こういうラインがあるよ。
概ね、これ位の期間がかかるよ。 その為に今、○○をする必要があるよ…。

と、提案します。
子供たちにとっては、曖昧さが、具体的になり、今、自分が何をしなければならないのかが明確になるようで、『だから今は勉強頑張らなくてはいけない!』と理解してくれます。

そして、どんな夢だと思っていたものでも、それは『夢』という漠然としたイメージではなく、具体性のある実現可能なものだと認識できることが何より大切です。

それでも、どんな形でも 夢を 言ってくれるだけ、まだ良いです。
一番多いのは、 夢が無い。 したい事も、なりたいモノもない。ただ、今生きてる。
哀しいかな、これが一番多い回答 というのは非常に残念な事です。

因みに、私は小学生の時、 宇宙飛行士なり、宇宙研究の為に NASAのジェット推進機構で研究したい! と思っておりました。
ただ、この夢を聞いてくれた 大人は何も言ってくれませんでしたけどね。
今、私が過去の自分に戻れるなら、まず英語・数学・科学を特訓しとけ!視力は落とすな!  と忠告すると思います。

『学び』と『農家』

農家は、野菜を育てる為に、種を撒き、水をやり、育み、収穫する。
と言うのが農業をしない人には一般的な感覚かもしれませんが、実の所、それは全体の一部です。

一番 大切なのは、 土作り。

土が良く無くては、どれほど多く種を撒こうか、肥料をやろうが、水をやっても、作物は良く育ちません。
全ての土台となる、土こそが、全ての基本です。

漁業の場合は、どんな網で取るか… よりも潮の流れ、海水温 が何より大切です。

勉強でも、子育てでも同じ事が言えます。

学び とは、 何の準備もしてない人間が、高等な書物を読めば、誰もが同じように知恵を身につけるモノではありません。
学ぶための土台作りが合って、それに見合って育てていく。そして、最後に知恵から得られる実益を摘み取るのです。

勉強というのは、手段です。 知恵を得るための手段の1つです。

『どの科目を学ばなければならない』よりも、そもそも 学ぶための準備が必要です。

その最初の最初 こそが、『なぜ学ぶのか』という『指針』なります。
そして目標の為に『何を学ぶのか?』という『手段』来ます。
次いで『どの様に学ぶのか』という『手法』

『なぜ?』は 学びの全ての大黒柱のような存在であり、また挫折した場合、それを支える心のよりどころ。
つまりは、お守りの様な存在でもあり、モチベーションを保持する為のモノです。

ここをすっ飛ばして、では○○を学びましょう! と『手段』から教えるのが、学校のやりかた。
どの様に学ぶのか という『手法』 を教えるのが、多くの塾 です。

どうして大人は『なぜ』を教えないのか。
それは、最初の話に戻りますが、1つの価値観を ずっと続けてきたからだと思っています。

『学力至上主義』

『理由なんていい、とにかく良い点を取れ!』という具合でしょうか。

それをこちらも理解しているので、急に大きく子供たちにアドバイスはしません。パニックになりますからね。
なので、とりあえず解りやすく『とりあえず、クラスでNo.1になれ』まずはそこからだ。
と言うと子ども達も分かりやすいようです。

自宅と学校が 子供にとっては世界の全てです。
だから、学校ネタだと想像しやすいし、どう努力すればいいのかわかりやすいんだと思います。

とはいえ、少しづつ、狭い日本だけの1つの価値観に縛られず、もっと世界の多様性を徐々に知って言ってもらえたら…

そんな環境を提供するのが、HEARTSかなと思っています。

学びの土台となる、知恵を得る基本を作ってあげて、何の種を撒くと、何が生まれるのかを教える。
後は、成功や失敗を繰り返しながら、芽を育む。

それは親が子供に対してそうであるように。子供自身もまた、自分の可能性に種を植えるという事を意識してもらう。
アサガオを育て、ひまわりを育て、ハーブを育て、野菜を育て・・・・。
色々な可能性を知った上で、子供たちが、自分にとって何を育むのかを決められる
それだけの頭を持ってもらいたいなと、常々思いながら子供たちと接しています。

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