『学び』は贅沢品。ちょっと考えてほしい

『何かを学ぶ』それは、物販の購入と違って、考える事を要求され、買った所で直ぐに手に入る物ではありません。パソコンの様に、インストール…と、数分で莫大な情報が一気に頭に入れば楽ちんですが、私たち教育者が出来るのは、せいぜい『効率よく』『苦痛を少なく』『多角的に』そのプロセスを支援する事に尽きる訳です。

外科を除けば、医療は、薬などを利用しても、結局の所、人間の治癒力をベースに、本来の治癒力を支援する物で、本人に取って代わって、してあげる事はできません。

『学びは贅沢品』数百年前の奴隷制度があった時、今も一部地域では存在しますが、『学び』を禁止されていました。それは、学べば、それを管理している側の人間が行う、不平・不満、おかしな所に気づき、それこそ反旗をひるがえされたら溜まらないからです。

現代の日本でも、それは同様に存在します。
義務教育こそありますが、最低限度の範囲をカバーしているにすぎません。
全ての国民が本気で優秀になれば、今 国会でやってる茶番劇やお金の流通がおかしい事位、誰でも気づくからです。
福祉の為の消費税増税を繰り返しても、実際利用されているのは一部のみ。それは会計院が出す決算書を見れば乗っている事でも、誰も見ようとしません。

ほどほどに幸せに、それなりに発展し、きっちり納税だけしてくれたらいい。 
本気で頭が良いのは敵にならずに、味方であってほしい。だから採用する。
略するとこういう事です。 無駄に考えて突っ込んでこないでほしい。という所でしょうか。

学びは贅沢…という言い方をすると、色々な分け方ができますが、今回は別のアプローチで書いてみます。

HEARTSは、パソコンスクールではありますが、パソコン以外の多くの事について学ぶ機会があります。
それは、『考える』という事です。

パソコン・スマホ・仕事・就職・不動産・経営・マーケティング…、健康…ジャンル問わずですね。

私は、人が考える事が何よりも嫌いだという事を十分理解しています。
発明家で有名な、エジソンも言っていますね。

「人間は、考えるという真の労働を避けるためなら何でもする」

だから、単純作業とか、ルーチンワークを好むのも知っています。

私は、マーケティングの世界に居た人間です。
だから、どうやって販売にこぎつけるのかを考えるのがある意味 仕事でした。

営業をするにあたり、上辺の綺麗ごとじゃなく、リアルな内側の世界でね。
基本って何だと思います?

『相手の思考を止める』事です。

私たちは、日々多くの情報の海の中で生活しています。まさに情報過多と言われる世界です。

人間が自分意志で選択できるのは、せいぜい3択・4択です。これを超えた場合、人は選択するという考える事を諦め、どれでもいい…と判断を下します。

相手の思考を止める方法なら、いくらでもあります。
一般的な通販で例えたら、相手が処理しきれない程の情報を流し込む。

つまり、知識を洪水の如く突っ込んでいく。というモノです。

例えば、あるサプリメントが通販で売られています。
あなたはそのサプリメントの有用性を訴える広告映像を見て、そうなんだ!これを食べると元気になるんだ!と思うと思います。 
その後、あたなはそれについて検証しますか?
しませんよね。 一方的に言われた言葉をただ、盲目的に信じてるに過ぎません。

例えば、そのサプリが、アミノ酸系でも、酵素系でも何でもいいです。

食べて元気になる。それはプラシーボ効果なのかもしれません。

プラシーボ効果 有効成分が含まれていない薬を投与され、機序がないにも関わらず、患者は薬が効くと思い込んでいることにより、病状に改善・回復の兆しが見られること。 もっぱら思い込みの力によって実際上の効果・影響が表れること。「 プラセボ」などとも言う。

weblio辞典より

科学っ子だった私から言わせて頂きますと、アミノ酸というのは体内に吸収される過程で、アミノ酸という構造は分解され、原子レベルにまで分解されます。アミノ酸というのは、複数の原子が、ある一定の形状をたもって初めてアミノ酸という形ですが、分解されている以上、そもそもアミノ酸という形は無くなってしまっています。

存在しないモノが、まだ形として存在して、都合よく、軟骨についたり、膝や関節あたりで、再結成されるとか…凶器の沙汰ですか?と突っ込みたい気持ち、満載でCMを見てるんですが…。

大体、どこかの研究機関が…とか、とある大学の先生が良いって言ってるとか…。
それ、科学的根拠はありませんからね。
大学の教授が良いと言った…それは、言っただけであって、論文を学会に発表して、学会で認められて、その時代の科学として認められるのであって、大学教授の全員が全員同じ事を思っている訳でも何でもないんです。

私の主治医である医師は、私に良く、結構何回も健康診断の時に言ってくるんですが…。

サプリなんて、何の科学的根拠もないのに、飲んでも意味ないよ。
食事と睡眠と運動。これに勝る健康方法なんて無いよ。

そうでしょうね。 私も同感です。

つまり、こうした『非科学』を信じて、販売されている物を信じて買う。というのは、論理的に考える科学っ子な私には、新興宗教を信じててる信徒にすら見える訳です。

この様に、嘘とは言いませんが、嘘にも近い物も多いですが、大手企業がやってるから…という意味が分からない理由で信じて疑わないのは、『考える事を避ける』からです。

学びとは、考える糧となる、全ての基本です。
考える事とは、真実に目を向ける力です。

それは、結果的に情報過多の時代にあって、騙されないという事です。

詐欺にあってなくても、考えない人は、十分に騙されていますが、それに気づきません。

私は『考えない』事で、苦しむ人たちを見てきました。
自分の生き方。自分の価値観、自分の就職も含め。

私は建前上、パソコンスクールだから、当然パソコンを教えている訳ですが、私の伝えたい事は『考える』です。

生徒さんからの口コミにも書かれていました。

先生はいつも、考える事を求めてくる。

それが、間違いとか、会ってる事は、二の次です。
ましては、教育機関の中というのは、安全に間違えてOKな場所なんです。

私が学びが贅沢というのは、考えない人には、決して見える事がない、真実の目で物事を見る。
今という現実に疑問を持つ。その解決策を探る。
それは、お金を出して解決できない、人としての成長に最も必要な事だからです。

一応 パソコンスクール。

多分、外からみたら、ただのパソコン教室。 なんてことない、ただの部屋の1つです。

それでも、私はここに来る、生徒さん達に叱咤激励をしながらも、教え続ける。

今、目の前の問題をクリアにさせる事は当然に、目先の操作方法は勿論。

でも、その先にある、この生徒さんにとっての幸せを自分で見つけられる
それを実現可能な状態にする、問題提起と解決策、考え方の一遍でも触れてもらう。

というのが、私が伝えられる事であり、心から大切な生徒さん一人ひとりにしてあげられる事であり、
教育者の一人だからです。

教員免許なんて持ってないけどねぇ

と、学校の先制に話すと、 先生以上やろ。 と言ってくれます。

学べる事は、少し 真実に近づける。
でも、与えられた知識には限りがあります。

知識をベースに考えられる事は、無限です。そこにこそ可能性があります。

考える事を放棄する。
それは全て他人の意見に惑わされ、良い様に摂取されるだけの存在になるという事です。

私の教育の1つは。生徒を守る。それは摂取されるだけにしない…という事。

別の言い方をすれば、消費者側だけじゃなく、生産者側にも立たせる。

仕事の職場以外で、直接 誰かに何かを供給する側に回ると、きっとまた新しい目線で物事が見れるようになりますよ。もちろん「考える」けどね。(´∀`)

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